ハイブリッド心理療法実践ガイド
U 思考へのアプローチ


2 自己・他者・人生への揺ぎない姿勢
 (2)愛と心の成長の心理学



「望み」と成長

 人の心は、望みへと向って自ら努力することで、成長します。
 現実の壁にもぶつかる体験を通して、よりうまく行動できるように、望みが生まれる根元の方から、変化が起きます。
 また、現実の壁の結果起きた喪失は、悲しみを経て乗り越えられていきます。
 その結果、同じ事態に出会っても、心が動じない強さが生まれています。

 こうした変化が「心の成長」です。
 それは「自らによって幸福に近づく力」の増大です。
 成長した後の心は、成長する前の心から見れば、「未知」の状態です。
 決して頭で知って、成長することはないのです。体験の中で、成長が起きます。


 このため、今の心を土台にして、頭で考えようとすると、未知への成長などないかのような答えが出てきてしまうことが良くあります。「人間なんてこんなものだ」「人生なんて」「愛なんて」。
 そうすると、その人は自ら、未知への成長へ向かう体験を閉ざします。そしてその人が頭で考えた通り、「こんなものでしかない」愛や人生の中で一生を送ってしまいます。


心の成長への条件

 ただし、望みに向かって努力すれば必ず心の成長が起きるわけではなく、条件が3つあります。

 1つ目に、自分自身の力を尽くして努力することです。他力本願では成長は起きないです。
 2つ目に、怒りに頼らない方法で対処することです。怒りは「追い詰められた」状態に自らを位置付け、心身機能を低下させて行う「捨て身」の方法です。これではやはり成長は起きないです。
 そして3つ目に、自分を偽らないことです。自分を偽った仮面で生きていると、いつまでたっても「たまたま」うまく行ったにすぎない、本当の自分は..という不安が続きます。


「愛すること」と成長

 心を成長させる望みの大きなものとして、「愛」があります。愛を望み、それに向って自らの力を尽くして努力することが、人の心の成長につながります。
 愛は、心の成長を促す「望み」の、最も大きなものと言って良いでしょう。

 ですから、まずお伝えしたいことは、誰かを愛することはとても大きな価値があるということです。
 結果を問わずです。


愛による成長の難しさ

 ところが現実生活の中で、人が「愛を望んで成長する」ことがなかなか難しい話です。

 これは、上にいった成長の条件とはまさに逆のことを、人がしばしば愛に望んでしまうためです。
 つまり、本当の自分でない人間に、相手を通して、なれることを求めてしまうのです。しかも、それは大抵非現実的でうまく行かないのを、怒りによって対処するという思考行動のしかたをしてしまうのです。

 この結果、心を成長させ、人生を豊かにするはずの愛の中で、人が逆に傷つけあい、人生を破壊させていく。

 これは、「愛する能力」を育てるための姿勢についての、根本的な無知のしわざです。
 それを知らないために、愛を求めて、愛する能力を逆に失ってしまうのです。


「愛への能力」の成長過程

 まず、「愛する能力」がどのように育つものかという心理学の知識が大切です。

 心の健康な成長過程においては、幼少期に「無限の愛」を親から与えられて、世界に対する安心感を心の底に育てることから始まります。
 親は、「子供への愛」によって、子供の宇宙となって、子供を包みます。子供が宇宙の中心となって、親の「自分」は消失します。これが「愛する能力」を発現させた親の姿です。
 一方、子供は、心の発達課題として、この「宇宙の愛」を求めます。純真に愛を求める子供の表情や行動によって、親の心の中に、宇宙の愛が引き出されます。
 つまり、子供においては「愛を求める」ことが「愛する能力」です。

 子供がひとり立ちする頃、「愛する能力」の変化が起きます。「変態」ともいえるでしょう。
 これは親子の分離という通過点によって分かたれます。それは多少儀式のような姿でもあります。反抗期とか、親と一緒に風呂に入らなくなるとかのように、表に現われる場合もあるでしょうし、両者の心の中だけで、「今までこう思ってだけど、もう違うんだ」という変化に留まるだけのこともあるでしょう。

 それを通過することによって、親と子供との関係は対等になります。親は「無限の愛」を差し出すことをやめ、子供は「愛を求める能力」をもはや不用なものとして、来歴の記憶の中へと収めていきます。
 その代わりに、成長した子供の中に、「求めることなく愛する能力」が育ち始めます。やがて自らが親になる。そして子供を作り、子供の「愛を求める能力」に刺激されるかのように、「無限の愛」が引き出される。

 これは、命を継ぐために、心のDNAに設計された感情と言えます。
 重要なのは、こうした「愛する能力」は、一切の人為的な技術によって作り出されるものではなく、自然に生み出されるものだということです。
 「愛する能力」を湧き出させるために、「努力」する必要さえないのです。


自然な愛を失った人間の心

 現代社会のように、人が本能的で自然な「愛する能力」を見失った結果の姿は、次のような感じになります。

 まず親に「無限の愛」が湧いていません。自分のことで心と頭が一杯です。
 子供の心に、世界への安心感が育ちません。この結果、子供の心の中で、「愛を求める能力」に歪みが生じてしまいます。素直に愛を求めることができず、不安や怒りに彩られ、心の中に閉ざされたような「愛情要求」へと変化します。
 その結果、この子はどこか我がままだったり、人見知りが強すぎたり、いじけていたりしていて、人間関係もなかなか育ちません。
 親と子供が対等な関係への愛への変化も、明瞭には起きず、なにか混乱が続きます。

 子供は、そんな自分に自信が持てず、自分に捉われるまま育っていきます。
 やがて親になり、子供が生まれますが、自分のことで心と頭が一杯です。子供に向けられるべき無限の愛も出てきません。
 同じことが、輪廻のように繰り返されていきます。

 このような状況の中で、人は、先ほど説明したような、心の成長が起きるのとは全く逆の形で、愛を望んでしまいます。
 子供の頃に与えられなかった無限の愛を実現させ、自信のない今の自分とは違う人間になる。無限の愛こそ真実だ。それなのに、彼彼女ときたら!あるいは自分ときたら!、と怒りの中で生きる。

 これはその人間の心の弱さが表面化する時だといえます。

 実際、愛に惹き込まれることは、まるで巣の中にさし入れた細い棒に蟻が数珠つなぎにたかってくるように、心の弱さが引き出されてしまいます。
 だから、鉄火面のような心の仮面で用心して、弱い心と一緒に愛を遠ざけている人が少なくありません。
 あるいは傲慢な自己中心的態度で相手を征服する形でなら、愛することができる人もいます。ストーカーのように変形した姿で、愛情要求が漏れ出す場合もあります。

 自分は不幸な子供時代のために弱い心になってしまった。だからそれを補うような特別な愛がなければどうにもならない、と思うかもしれません。
 逆です。特別な愛が必要だと考えているから、心が成長しないのです。


愛の回復

 弱い心ができてしまったからと言って、心の成長について特効薬があるわけではありません。
 心の成長と愛の回復は、健康な成長の場合と似た流れになります。
 まず、愛を求めることです。そして、親子一体のような愛への願望から、対等で別々の個人同士における愛へと変化していくことです。
 健康な心の成長過程が、現実の人間関係の中で起きるのに対して、弱い心からの回復の場合は、その人の心の中だけで起きるような形になるでしょう。

 もちろんこれは、そうなるように自分自身に命令したところで、そうなるものではありません。
 心に命令するとは、怒りに頼る方法です。成長が起きない方法です。

 そうすればこのような成長へと向かえるのか。2つ必要なことがあります。

 1つは、愛を求める気持ちの中にある、「相手を通して自分とは別の人間になろうしている」自分の感情を深く知ることです。
 そしてそれが、現実にはもう与えられようのない、「無限の愛」への願望であることを知ることです。
 そして現実の相手との関係は、もはや有限で不完全であることを受け入れることです。
 頭でそれを理解することではありません。それを感情において体験することです。これは何らかの心の痛みを意味するでしょう。それは成長の痛みです。

 これについて詳しくは以下を参照ください。
 ・「自己建設型」の生き方へ - 8.真の愛と偽の愛
 ・掲示板2004/11/26タロさん「心を開くと解き放つの違い」への返答レス(-11/27)


 2つめに、感情に依存しない対人行動を学ぶことです。
 これは感情に依存することなく、建設的な対人行動を取れるようになるということです。
 愛が無限に与えられないのが現実であるのと同様に、自分の中に愛の感情が湧き出るかどうかもまちまちです。感情に依存した対人行動を考えていると、いつまでたっても対人関係の自信がつきません。
 感情に依存することのない対人行動ができるようになると、自信ができてきます。心が強く、安全になるわけです。

 これについて詳しくは以下を参照ください。
 ・「自己建設型」の生き方へ - 7.普遍的行動学を学ぶ


 この2つを同時に見たときに、心に成長が起きます。
 心が成長した時、愛する能力は求めることなく、未知の感情として湧いてきます。

 まずこれが全体です。
 この2つについて、さらに詳しい説明が出てきますが、常にこの2つを同時に見る目を心がけて下さい。


改訂履歴
2004.12.14 最初の掲載。

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