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歩みの学び
 歩み-1 心の問題の仕組みとその克服

歩み1-1 「心の問題」の全体の理解
基本説明  「心の問題」の構成要因
 
心の「闇」  心の「病み」  心の「浅はかさ」(思考一般)  心の「浅はかさ」(「自意識」と「心と魂の分離」)  心の「業」
「人生の歩み」に組み込まれたものとしての「心の問題」とその克服
 「心の問題」の表面化  「心の成長と治癒と豊かさの道」  「心の問題」の解決克服への3つの通り道  「命の生涯」への回帰こそが答え

最終更新:2017.3.28
基本説明 
「心の問題」とは、ある人が置かれた現実の状況に対して、その人不釣合いに不幸でいる、つまり不合理悪感情感情動揺発生持続膨張がある時、あるいは幸福可能性へと向かうことができていない人生を生きることへの無気力不明疑問感じているような時、そこに「心の問題」があるということになる。そうハイブリッド心理学では定義します。
そうした「心の問題」についてのハイブリッド心理学からの理解は、以下のようになります。

・「心の問題」の構成要因
まず、「心の問題」構成する要因を、いくつかの視点で考えることができます。
そこには、来歴での否定的感情体験起因としたものと思われるものもあれば、万人共通の、人間宿命と思われるものもあります。
列記すると以下の5つです。
1.心の「闇」・・・奥底に、容易には取り去れないマイナス感情染みついてしまっている、あるいはマイナス感情根源できてしまっているもの。
2.心の「病み」・・・「健康」損なわれた、何か病的問題起きていること。
3.心の「浅はかさ」(思考一般)・・・ものごと深い本質見る目持たずに、表層だけを見て、的外れな思考をすること。
4.心の「浅はかさ」(「自意識」と「心と魂の分離」)・・・人間「心」というものが、「自意識」出現により、その大元「命」からはがれた薄っぺらいものとして動くようになったという、なんびとも免れない人間の宿命
5.心の「業(ごう)・・・仏教用語「カルマ」とも呼ばれる、「人間の宿命的不合理」ハイブリッド心理学からは、「自分から不幸になろうとする傾向」がそれだと言えます。

・「人生の歩み」に組み込まれたものとしての「心の問題」とその克服
ハイブリッド心理学からの理解として重要なのは、「心の問題」が上記のような要因から構成されるとして、それはたとえば風邪を引いたり交通事故にあったりするように、「誰もがそうなりえる、いつそうなるかも分からない」というような、外部からもたらされる災禍結果というよりも、「人生の歩み」に組み込まれたものなのだ、という考え方です。その克服についてもです。
つまり「心の問題」があるということが私たち人間存在そのものの宿命であり、私たちのをはそれを「課題」として生まれ、その「克服」は、「成長」として成されるのだ、ということです。

要点について以下で簡潔に説明していきます。

「心の問題」の構成要因 
「心の問題」構成する要因についてそれぞれ簡潔に説明すると、以下のようになります。

1.心の「闇」・・・奥底に、容易には取り去れないマイナス感情染みついてしまっている、あるいはマイナス感情根源できてしまっているもの。来歴での否定的感情体験起因としたものと思われるものです。
ハイブリッド心理学では、特に幼少期家族との関係の中で発生した、根深い否定的感情着目をします。その内容とは一言で、「根深い自己否定感情」「孤独感」です。そこに伴う「恐怖」「外界への不信感」が、問題深刻度特徴づけるものになるでしょう。

2.心の「病み」・・・「健康」損なわれた、何か病的問題起きていること。
ここで、機能的障害と思われる発達学習障害障害統合失調症などの症状そのものについては、ハイブリッド心理学としては考察範囲外になります。あくまで脳機能としては健康な中における、「心」「病的」あり方考察します。
するとそれは、まずは「感情の荒廃」「空想と現実の重みの逆転」という視点捉えることができます。その先に、幼少期から思春期にかけて発動する、「根深い自己否定感情をバネにして描く「理想化された自己像」通りになるよう自分自身を操縦する、「真の自己」とは別の人格体」とでも定義できる、「自己操縦心性」ハイブリッド心理学が呼ぶ心理構造が生まれる。これがハイブリッド心理学の、病みについての中核理論になります。

3.心の「浅はかさ」(思考一般)・・・「浅はかさ」とは、ものごと深い本質見る目持たずに、表層だけを見て、的外れな思考をすることです。
日常生活人生生き方および問題解決に際して、浅はかで的外れ思考あふれているのが世の常だと言えます。それに流され本当に確かな答えのために自分で考えるということができないと、問題解決もうまくできず味わう必要もないような不幸向かうことも起きてきます。上記の、心の闇と病み克服抜け出しも、見えようもないものになるでしょう。結果、人生への力強い向かい方など見えようもないのが多く現代人現状になるかも知れません。
「心の浅はかさ」は、「未熟」という言葉でも捉えることができます。ただし全て生き物「未熟」から始まることは当然なことであり、問題は、「未熟」にとどまる、あるいはしがみつくような思考や姿勢起きることにあります。
これらはひとえに、多くの人日常では論理的思考せずに、感情でものごととを考えている、その結果、今の心の中だけで考えているのが原因と思われます。このためハイブリッド心理学では、「確かなことの積み上げ」思考する自分自身への論理的思考を、心の健康と成長への歩みのための、最も基礎的心の基盤として、極めて重視しています。

4.心の「浅はかさ」(「自意識」と「心と魂の分離」)・・・浅はかさというテーマではさらに、人間「心」というものが、「自意識」出現により、その大元「命」からはがれた薄っぺらいものとして動くようになったという、なんびとも免れない人間の宿命がある、とハイブリッド心理学では考えています。
これによって私たち人間は、「命の重み」からは切り離され薄っぺらい「自意識」と共に動く「心」と、「命の重み」伝えるための「魂」、そして大元にある「命」という3元構造になった、と。これを「心と魂の分離」とも呼んでいます。
これが人間「心の問題」原因である「浅はかさ」大きな根源でもあると共に、心の豊かさと安定ゴールが、「「自分」というものはほんの仮りの姿」と感じ取る「永遠の命の感性」にあることの由来ともなる。これがハイブリッド心理学根幹思想でもあります。

5.心の「業(ごう)・・・仏教用語「カルマ」とも呼ばれる、「人間の宿命的不合理」指すものです。それが具体的何かと言えば、心理学的幸福主義に立つハイブリッド心理学からは、「自分から不幸になろうとする傾向」のことに他ならないと言えるでしょう。
これは「価値観」領域で起きる問題であり、「基本行動様式への価値観」における一つ不実選択極みだと言えるでしょう。ものごとの良い面よりも悪い面に目を向け、「怒り」を積極的に向けることに、自らを「神」の座の高みへと上げるほどの価値を感じるという、「破壊」選択極みとしてです。
問題はそれが意識表面思考自覚するよりもはるかに深い無意識深層抱かれることです。これこそが人間「心の業」正体だとハイブリッド心理学では考えており、「否定価値感覚」(リンク予定)と呼んでいます。それにより、怒り心身にもたらすダメージによる「不幸」を、積極的かつ恒常的に選ぶ心の状態になるのです。「怒り」自ら向いた場合は、「不幸」度合いはかり知れないほどのものになるでしょう。

「人生の歩み」に組み込まれたものとしての「心の問題」とその克服 
上記のようなさまざまな側面から成る「心の問題」は、外部からもたらされる災禍結果というよりも、私たち人間存在そのものに課せられた宿命であり、私たちはそれを「課題」として生まれ、その「克服」は、「成長」として成されるという形で、「人生の歩み」に組み込まれたものなのだ、というのがハイブリッド心理学考えです。

・「心の問題」の表面化
簡潔まとめるとこのようになるでしょう。まず幼少期何らか否定的感情体験によって、「心の闇」生まれることから、「心の問題」始まります。
しかしそこでは同時に、には別のこと起きています。もの心がついてくるのと同時に、「自意識」「空想」芽生えることです。子供健康な成長のために完璧環境などそうそうあるものではなく、ちょっとした不足行き違いが、子心「自意識」「空想」で、現実に実際にあったこととは不釣合いな深刻さ「心の闇」として取り込まれることもあるでしょう。
思春期から青年期の始まりにかけて、人の心植え込まれ心の問題表面化してきます。「心の病」は、その多く思春期何らか兆候見せ始めることが知られています。幼少期「心の闇」抱え込んだ個人は、思春期になって、心の不調や、心のバランスが崩れる体験持ち始めます。そしてその深刻さ度合い強いと、「心の病み」傾向その人問題として存在していることを示すようになります。
一方「心の闇と病み」問題それほどないような個人においても、「心の浅はかさ」への押し流されていた場合は、社会生活次第道をそれてくるような姿として、青年期の始まり頃には表面化するわけです。そうでなくとも、社会人生生きるために本当に役に立つこと学校教育などで教えられることのない状況は、私自身人生を振り返っても、驚愕の感ともいえるほどです。かつても含め、多くの人社会人生生き方苦労するのも無理のない話です。

・「心の成長と治癒と豊かさの道」
そこから、「成長」歩み同時「克服」歩みとなるような、歩み道のり始まります。それがハイブリッド心理学の見出す、「心の成長と治癒と豊かさの道」です。
基本的にそれは、「社会を生きる自信」を獲得し、それを足場にして「愛」に向かう、という人生の歩みの道のりです。これは大自然を生きる動物が、から離れひとり立ちして、大自然を生きる能力獲得し、やがて今度は自分新たな命育てる側へと向かうのと、全く同じものです。
ハイブリッド心理学はそれ以外アプローチは取りません。つまり人生の歩み取り組むことはいったん置いて「治療」をするという形のアプローチや、「社会を生きる自信」獲得抜きに、「愛」得る方法うんぬんを考えるアプローチは取りません。
「社会を生きる自信」「愛」向かう。そこにおける「成長」に、同時「心の問題」「克服」がある。そうした人生の歩みに、自ら向かうハイブリッド心理学は、そうした意志持つことができる人対象範囲とした、自助取り組みのための心理学です。

・「心の問題」の解決克服への3つの通り道
そこにおいて「心の問題」解決克服どのようなものとしてあるのか。最もおおまかまとめると、このようになります。
まずは思考一般における浅はかさ脱し社会人生を生きるための正しい知恵学び実践することからです。ハイブリッド心理学からのそれは、感情と行動の分離に始まる、内面外面双方への実践を携え、「望み」向かって尽くして生きる、という生き方実践です。
それが全てを貫く、運転技術であり、それによって人生という旅路を歩む道のりになります。そこから、道のりがどのように進むかに、「心の問題」他の側面解決克服かかってくることになります。

3つ通り道がある、というイメージ理解いただくと良いでしょう。
一つは、順調な前進の道です。視界がひらけた土地を、学びから得た運転技術実践によって進み「望み」実現へと順調向かう道です。そこには多少障害現れたり、あるいはどしゃ降り降るような時もあるでしょうが、基本的視界利いており、私たちはそれをどのような運転技術で、どこに向かって切り抜けていけばいいのか分かりながら進むことができる。そのようなです。
残り2つは、そうした歩み出会い順調な前進できなくなった時現れる道です。
一つは、暗闇の中の前進の道です。もはや視界利かない暗闇の中で、その分、私たち自身深く映す「魂の感情」現れ、それに導かれ進む道です。
不思議なことが起き始めます。そうして視界利かない暗闇を通り、やがて再び視界利くようになった時、あたりの景色は、順調な前進の道歩んでいる時よりも、大きく変化しているようなのです。心の安定と豊かさが、より増したものへと。
残り一つは、これもやはり暗闇の中の道なのですが、そこにさらに断崖を越えた前進への道現れるものです。私たちはそこで一度断崖から谷底へと落とされるのです。私たちの「意識」はそこで一度果て「死」迎えるのです。
しばらくしてあたりが再び明るくなってくると、景色変化がさらに一次元大きなものになっています。谷底へと落ちたはず自分は今、以前よりも心の高みへと来ているのです。まるで化したかのように。これは、「心の死と再生」(リンク予定)起きたことを意味しています。

実はこの3つ通り道は、そのそれぞれが、ハイブリッド心理学が私たち人間構造として考える「心と魂と命の3元構造」(リンク予定)対応したものです。つまり上に述べたに、「心」主な役割を果たしている前進「魂」主な役割を果たしている前進、そして「命」主な役割を果たしている前進です。

・「命の生涯」への回帰こそが答え
「心の問題」克服は、そうした歩み道のりにおける、心の風景変遷重要な節目対応している、と理解いただくと良いでしょう。
その変遷とは、「未熟の愛から旅立ち、自立の自尊心を経て、成熟の愛に向かう」という変遷です。
これがまさに、大草原を生きる全て動物がたどる、「命の生涯」変遷です。ハイブリッド心理学生き方思想とは、この、あまりにも大きく自然摂理へと、立ち返るということです。

まずは思考一般における浅はかさ脱することです。それが全て始まりです。
歩み始めに、大きな転換訪れ得ます。「感情の荒廃」「空想と現実の重みの逆転」である心の病み傾向が、空想を優先基準にするのではなく、ありのままの現実を受け入れて生きることへの本人意志原動力にして、克服へと向かうものです。あるいはそれは、「未熟の愛」の中で描いた、「人の目」の中で「こうあれる自分」という未熟な自己理想像通りにはなれないことへの「完全なる絶望」というで、病んだ心が自らに絶望して崩壊するという、その人にとって生涯最大「心の死と再生」通り道になることもあることを、知っておくと良いでしょう。これは歩み1-2 心を病む仕組みとその克服で詳しく説明します。

私たちの心の成長人生歩みは、「命の生涯」視野からは、「未熟の愛から旅立ち、自立の自尊心を築く」という前半段階と、「成熟の愛に向かう」という後半段階の、大きく2つの局面の、長い歳月から成るものになると言えます。
ハイブリッド心理学実践の学び全体が、その前半段階取り組むべきものとしてあります。未熟病みが生み出す感情を知り、それに流されることのない建設的行動法、さらには、より高度ノウハウである「原理原則行動法」などの行動学仕事の普遍的スキルなどを学び実践することの積み重ねを通して、「社会を生きる自信」、そして「真の強さ」「真の自尊心」築くのです。
そこに、心の闇一側面である「根深い自己否定感情」克服があります。それは未熟弱さの中で空想した「強い人間」「自信がある自分」という自己像のようにどうなれるか、あるいはにどう評価されるかといった、危うい基準によって得るものではありません自分が自らを幸福にするための行動の能力を獲得したという、実際の実績によって、得るものなのです。
そうして「真の強さ」「真の自尊心」築かれる頃、大きな節目訪れ得ます。心の業根核にあった、「否定価値感覚」を、「自己分析」を通して自覚し、捨て去るという節目です。望ましさ度合いがある程度において不足したものを否定できることに、自分神の座にあるかのような価値を感じる。それは「弱さ」において生み出され深層衝動だったのです。「真の強さ」を得て、信仰というテーマについてもじっくり向き合い、その深層衝動捨て去るのです。
それによって、「自分から不幸になる」という「心の業」消え去りエネルギー大きく解放されます。風景は、寒風吹きすさぶ閉鎖的北国のものから、暖かい風が吹く南国のものへと一変します。
これがハイブリッド心理学取り組み「ひとまずの習得達成目標」とも位置づけられるものであり、実践-6 「否定価値の放棄」の根本的選択で説明するものになります。

そこから人生歩みは、「成熟の愛に向かう」という主テーマの下にある、後半段階になります。もはや人生生き方について新た何か学ぶというものではなく、人生前半段階獲得した生き方と、大きく開放されたで、もはや誰に学ぶこともできない、その人本当愛する人愛するもの向かうその人だけ唯一無二の人生へと、向かうことができるようになる段階です。
そのに、残され「心の問題」最終的解決克服訪れ得ます。
そこでもやはり通り道2種類あり、順調な前進の道と、に出会い暗闇を前進する道です。
そのどちらにおいても、心の闇残された側面「孤独感」が、最終的克服へと至り得ます。順調な前進の道においては、愛する家族心底からの情熱を注げる仕事得るなど、「望み」実現へと向かう形で、私たち人間根源的心の問題である「孤独感」が、消し去られていくというものです。
一方暗闇を前進する道にも、神秘的最終克服訪れ得ます。それは一言で、「孤独感」「消し去られる」のではなく、むしろに、「孤独感」根源へと意識が向かい、魂の感情としての悲しみの中で尽き果てた後に、孤独感消え去った一段階豊かさ増し心の状態現れるというものです。
心と魂の分離によって「心」がその大元「命」からはがれた薄っぺらいものになったという、「心の問題」の中で最後まで残された側面最終的克服至り得るのも、やはり暗闇を前進する道です。「魂の感情」受けとめ尽くすことで、「命」が、自ら「意識」超えて、「心」豊かなもの変えていく。この体験積み重ねに、「自分」というものは、大きな命のつながりの中の、ほんの仮りの姿にすぎないことを、心底において感じ取る、「永遠の命の感性」獲得へと、至るのです。
その歩み訪れるのは、超越的幸福という、まさに「心の問題」全て消え去った、私たち人間用意されたものの中でも最も高みにある、「幸福」実現された姿になるでしょう。
これらについては歩み-3 「魂の感情」」「歩み-5 人生の歩みと最終的克服で詳しく説明します。

総括すれば、こう言えるでしょう。私たち人間「心の問題」は、「命の生涯」から遠ざかったことにあり、その克服とは、「命の生涯」への回帰なのだ、と。
そのように、「心の問題」とは、外部からもたらされる災禍というよりも、その発生から克服までが、私たち人間人生組み込まれたものなのだ。それがハイブリッド心理学考えです。

上で述べた、「命の生涯」における変遷「心の問題」要因側面克服との関係について、下のまとめておきますので参考下さい。

「命の生涯」における節目 達成するもの 克服される心の問題
前進スタート 自分自身への論理的思考
 などの心の基盤
心の浅はかさ(思考一般)
「未熟の愛」からの旅立ち ありのままの現実
 を受け入れて生きる意志
「心の病み」
「自立の自尊心」 「社会を生きる自信」
「真の自尊心」
「真の強さ」
「否定価値の放棄」
「心の闇」の「根深い自己否定感情」
「心の業」
「成熟の愛」 唯一無二の人生
「永遠の命の感性」
「心の闇」の「孤独感」
心の浅はかさ(「心と魂の分離」)





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