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実践の学び
 実践-4 「愛」「自尊心」「人生」のための価値観と行動法
  実践4-1 「価値観」の理解

「愛」への理解と価値観と取り組み
  基本説明  「愛」への理解
  「愛」への価値観
愛の純粋な感情を守る  「心の自立」に立つ  健康な愛に向かう  「魂の感情」に向き合う参考資料
  「愛」への取り組み


最終更新:2017.3.28
基本説明 
ハイブリッド心理学では「愛」「自尊心」を、人生における2大感情テーマと位置づけています。
私たちのにおけるこの2つ感情基本的なあり方が、人生という旅路において向かい至る地幸福度特徴づける、気候風土にあたるようなものとしてです。また日々出来事に際し、その都度その都度感じるその感情は、人生旅路歩むための羅針盤の、針の動きのようなものだと言えるでしょう。それが指すのは、自分が向かうべき豊かな地への方角なのか、それとも向かってはならない、罠方角指すものなのか。私たちはまず、その羅針盤精度高めると共に、その細かい目盛見る目培うと良いでしょう。

「愛」への取り組みを、次の3段階で考えることができます。

1.「愛」への理解・・・ハイブリッド心理学では「愛」を、「一体化」に向かう感情全て指すものとして考えます。相手位置づけに応じてきわめて広いバリエーションがあると同時に、「愛」重なる別の欲求、さらにはがそれを「愛」と思いながら実体はその逆であるような、愛と似て非なる「欲」の感情見分け、といったことを理解すると良いでしょう。

2.「愛」への価値観
・・・「愛」をどのような姿勢行動法によって向かうべきものと考えるか。「楽しみと喜びの共有」として向かい、それができない時孤独受け入れる、というのがハイブリッド心理学が採る「愛への価値観」です。これとの対照として、「分かり合い認め合う」という愛への価値観があり、これがにしばしば見えなくし、場合により心の成長への妨げにもなることへの理解が重要になります。

3.「愛」に向かう取り組み
上記を踏まえ、「愛」向かう取り組みへと向かいます。
言えるのは、「愛」に取り組むとは、「人生」取り組むのとほぼイコールだということです。
一言でこう言えます。外面においては「現実生活の共有」最優先基準相手への行動模索し、内面においては「魂の感情」を向けの中で受けとめ尽くす。この2面姿勢を携えて人生生き続けることで、私たち自身の薄っぺらい「意識」を超えた「命」が、 私たちのに、「未熟の愛から旅立ち、自立の自尊心を経て、成熟の愛に向かう」という「命の生涯」歩ませるのです。この気づきに、「望みに向かい続ける」ことが生み出す「心の成熟」という人生の答えと、「魂と心の分離」という人間の真実、そして「自分」というものは大きな「命のつながり」の中のほんの仮りの姿に過ぎない、という「永遠の命の感性」ゴールを、見出すのだ、と。

それぞれについて以下で詳しく説明します。

「愛」への理解 

「愛」への価値観 
「愛への価値観」は、上記のような「愛への理解」の仕方も含め、「愛」どのような姿勢と行動法で向かうべきものと考えるか、次のどちら採るかの選択として理解することができます。
a.「喜び楽しみの共有」として向かう。それができない時、孤独受け入れる。・・・
b.「分かり合い認め合う」こととして向かう喜び楽しみのみではなく、互い悲しみ辛さ分かり合うことに「愛」があると考える。・・・×
これは「愛」がまずは「楽しみ合い分かり合う」というものとして、その始まりにおいて順調な間は選択問題にはなりませんが、関係に何か亀裂が生まれたり、あるいは人への親愛行動に何か困難を感じた悩みに際して、その選択問われるものになります。
ハイブリッド心理学取るのは、「喜び楽しみの共有」として「愛」に向かい、それができない時孤独を受け入れるという価値観です。

この選択には、多く意味があります。以下の4つを指摘しておきましょう。
 ・愛の純粋な感情を守る
 ・「心の自立」に立つ
 ・健康な愛に向かう
 ・「魂の感情」に向き合う

・愛の純粋な感情を守る
まず、その姿勢「愛」を、その最も純粋な感情として守る姿勢であることです。
一方の.「分かり合い認め合う」こととして「愛」向かおうとする姿勢は、おうおうにして愛を無理強いし、うまくいかないと「怒り」に転じるという、「愛」とはまるで違う感情へと向かわせる傾向があります。たとえそうはならないとしても、その姿勢の中で分からせよう意識する感情というのは、おうおうにして誇張帯びることがあります。
そもそもそうした不安定場面で、私たちは自分自身感情よく分からないことが多いように思われます。まず自分自身に向き合い、自らを知るために一人になれるということが、心の健康と成長にとても大切です。孤独受け入れられることが、そのための重要基盤になります。

・「心の自立」に立つ
では、そうした混乱のない、明白悲しみ辛さについても、互い分かってあげられることに意味はないのか。「思いを伝える」ことの大切さ「気持ちを分かってあげられる」ことの大切さ謳われるのが喧(かまびす)しいことこの上ない昨今でもあります。それ以外心の豊かさへのないかのように。ハイブリッド心理学はそれについても反旗掲げるというのか。
一言で言って、そうだということです。
なぜならそれは、自分の足で前に進むことをしない姿勢前提にしたものだからです。これはもう「愛」だけの問題ではなく、人生の生き方根本にかかわるです。
ハイブリッド心理学では、愛への価値観を、あくまで、自らの足で立って歩き自ら方向を定めていくという生き方価値観一環として選択します。
これはハイブリッド心理学心理学的幸福主義「3つの車軸」の一つ、「自らによる幸福の追求」から自ず導かれるものであり、心の依存から自立への転換という、重要心の基盤でもあるものです。気持ちを人に分かってもらい、人に幸せにしてもらうという姿勢ではなく、自分で自らを幸福にする。その姿勢取るのであれば、「分かり合い認め合い」として向かおうとする姿勢一部は、手放すものになっていきます。
これは「道徳主義」生き方価値観「分かり合い認め合う愛」価値観同調する(参照)のと対照的です。

悲しみ辛さに対しては、ハイブリッド心理学からは、それをどう分かってあげられるかではなく、そこからどう前進すればいいのかに、すぐ話を進めます。それが感情と行動の分離基本姿勢に始まる「実践」に他なりませんが、「心の依存から自立への転換」立ってそれに取り組んだ時、目の前にある問題はもう「愛」とは全く違うテーマになるかも知れません。もし問題テーマ間違いなく「愛」であるのならば、引き続き以下のような愛への価値観視点および取り組みへと向かいます。

・健康な愛に向かう
愛への価値観のための視点として、私たちはさらに、ハイブリッド心理学心理学的幸福主義「3つの車軸」一つ「科学的世界観」に立ち、心理医学的、さらには動物生態学的「愛」あり方見る目を持つことができます。人間において、その健康な姿とはどんなものなのか、と。
心理医学的に言えるのは、相手以外のことが見えなくなるようにのめり込む「愛」背後に、しばしば心の病み伴うことです。それを行動化するごとに、「自己の空洞化」が深まり相手さらにのめり込むという悪循環病理から、踏みとどまる必要があるということです。
また心理メカニズムとして、自分内面感情分かってほしいという衝動抱く人は、同時に、自分内面感情詮索されることへの怖れ嫌悪感にも駆られるという、一つのコイン両面があること、人の感情実に多様であり思いやって感じ取るものが全くの見当外れであることも少なくないことなども、視野に入れると良いでしょう。どのように人の気持ち思いやるかにも、多少健康な限度という線引きがあるということです。
動物生態学的には、人間健康な愛実に多様であり、ある種のように生涯特定の相手寄り添って生きるような姿ものあれば、に生きる肉食獣のように、繁殖期僅かな時間だけに過ごし、あとは単独生き続けるような姿もある。そうした多様性こそが人間だということになるでしょう。

そうして言えるのは、人それぞれは、人それぞれに、唯一無二のものだということです。
「これこそが愛の形」だと一つに決めつけるのは不毛であり不実だということです。うまくいっているように見える真似してみたり、マニュアル習うような行動は、まあ入り口きっかけとしては多少役に立つこともあるでしょうが、最終的に、人生の豊かさに対してはほとんど寄与するものがないということです。
人それぞれは、人それぞれ唯一無二のものであり、それを模索するのが人生だと言えます。
これがまずはハイブリッド心理学愛への価値観です。そしてそれに向かうための、唯一のルールとなるものが、「楽しみと喜びの共有」として向かう、というものになるのだということです。

・「魂の感情」に向き合う
それがまずは「愛に向かう歩み」向かうにあたって携えたい価値観視点だとして、その歩み実際に歩む中で見えてくる、さらなる視点があります。
「魂の感情」向き合う、というものです。実はこれこそが、「楽しみと喜びの共有として向かい、それができない時孤独を受け入れる」という価値観選択に、「愛」にまつわる心の罠向かうのを避けるという消極的意義をはるかに超えた、心の豊かさ方角へと自らを定める積極的意義という、まさに魂を吹きこむものです。

「魂の感情」は、「自意識の薄れた、愛に向かおうとする純粋な感情」などと定義できるものです。そしてそれは、まずは自意識によって描いた愛への望みに向かい、そこで出会う壁を前にして望み打ち砕かれ、それでもなお自分が何を望んでいたのかに向き合った時、「自分」という浅はかさを超えた深みのある感情として、「人間性の核」を重要基盤にして現れ得るものです。
「魂の感情」自分自身の中で受けとめるごとに、私たちの「成熟」へと変化していきます。より純粋さ安定増し「自分から愛せる」そして「自発的幸福」増大という、「心の豊かさ」一歩増した方向へ。あと戻りのないで。
重要なのは、こうした「魂の感情」現れも、それによる成熟変化も、「自分自身への向き合い」という、孤独の中における意識作業、意識姿勢によって発現するということです。そうではなしに、自分感情人に見せるもの意識した時(これはつまり自意識働かせた時ということです)、「魂」姿を消してしまうようなのです。
こうして、孤独を受け入れ自分自身に向き合えることは、心の罠向かうのを踏みとどまるという消極的価値大きく超え心の豊かさ向かうための足場になるという、大きな積極的価値持つことになるのです。
だからと言って、最初から孤独を決め込んでいては、「愛への望み」向かうという、心の成熟への基本的方向性なく「魂の感情」現れることもなくなってしまうように思われます。
「愛への望み」へと全てを尽くして向かい、出会うことで自分自身向き合い「魂の感情」出会う。それによって豊かさ増した心でこそ、人との、より着実感情交流へのも開かれます。

つまりそこにあるのは、自分自身との関係の中に生まれる「魂の世界」における心の豊かさと、人との間での感情交流気持ち触れ合いといった「現実の世界」の豊かさという、2つの、互いに接することのない、次元の異なる豊かさです。
しかしそれは、どちらを取るかというものではなく、その両者があってこそ双方への力強い方向性も培われていくという、相乗的なものだということです。
「愛」「分かり合い認め合う」こととして向かおうとする相互依存的価値観姿勢は、そのどちらをも、次第に見失ってしまうものに思われます。
ハイブリッド心理学が取る、「楽しみと喜びの共有として向かい、それができない時孤独を受け入れる」という価値観は、その2つの道どちらをもに向かう、一つの意識姿勢取るものなのです。
参考資料 
・入門編上巻 1章 怒りのない人生へ - 愛によって人を動かす(P.34) 「怒り」が「正しい」という観念と結びつきやすい一方で、実は「弱さ」の表れだという話(参照)を受けて説明しています。
「悪」は怒りの対象ではなく、「怒り」は弱さの表れである。その逆形として、「善」は愛される対象ではなく、「愛」は強さの表れであると言えます。愛によって人を動かすとは、楽しみ喜び、そして目標共有することであり、これを行動原理にすることで、人はより強くなり、より多くの愛を感じられるという好循環があります。



「愛」への取り組み 



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