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実践の学び
 実践-5 悪感情への対処と「自己分析」

実践5-1 悪感情の種類別の克服対処の指針
  基本説明  悪感情の種類ごとの克服対処の指針
怒り  悲しみ  怖れ  焦り  抑うつ  空虚感・孤独感  無気力  後悔
絶望  葛藤  苦しみ・痛み
憎しみ  屈辱  嫉妬    罪悪感
自己嫌悪  対人恐怖  うつ症・躁うつ症
最終更新:2016.11.22
基本説明 
悪感情感情動揺種類ごとに、それが起きる流れや、克服への方向性理解します。

ハイブリッド心理学からの悪感情克服は、「自分」という運転して「人生」という旅路歩むという喩えにおいて、大きく次の3つ領域によるもの、という理解仕方をすると良いでしょう。
 1.目の前の問題への対処
 2.根本姿勢と心の基盤そして病みへの取り組み
 3.心の成熟への人生の歩み

それを踏まえ、
 ・ハイブリッド心理学が考える悪感情の克服の真の姿
について考察文を以下にまとめています。

1.目の前の問題への対処
まずは目の前迷路難路という、悪感情直接的な原因状況を、適切ハンドルさばきおよびアクセルブレーキのワークで、うまく抜け出すことです。同時に、まずいさばきとワークによって自分からにぶつかって生み出しているような、不合理な悪感情からも抜け出すことです。
これはまず外面行動向けに、
 実践-2 「破壊から自衛と建設へ」の基本行動様式の転換
 実践-3 行動学
という、大きく基本的学び領域への取り組みによって、目の前場面具体的問題うまく対処できるようになるということと、
内面感情向けには、悪感情主な種類ごとに、それが生まれる流れ克服への指針理解自己方向づけつなげることや、複雑に絡み合った感情解きほぐす自己分析などがあります。これが
 実践5-1 悪感情の種類別の克服対処の指針(当ページ)
 実践5-2 「自己分析」
説明するものになります。

2.根本姿勢と心の基盤そして病みへの取り組み
適切ハンドルさばきアクセルブレーキワークを行おうにも、「自分」という運転する姿勢に何か偏り歪みがあったり、「自分」という車体基盤そのものに不足故障があるかもしれません。
これについては、
 実践-4 「愛」「自尊心」「人生」のための価値観と行動法
が、目の前問題への対処に際してというよりも、むしろ日常平常時における学び自己問いかけ実践取り組みが、生き方の根本姿勢決するものとして重要になってきます。問題時に際してとっさに出るのは、そうした日常平常時積み重ねた姿勢であり、問題時急に直そうとしても無理だからです。
また、
 歩み-2 健康と成長への心の基盤
は、まさに車体基盤に喩えられるように、運転する実践というよりも、それを支えるものとして、必要に応じ適宜点検確認重要なものと言えます。不足があれば進みようもなく、まずはその準備必要になるものもあるかも知れませんし、あるいは歩みが多少進んだ先備わってくる、特別基盤もあるでしょう。
心の基盤項目は、まずそれをしっかりと意識した上で、上述の目の前の問題への対処を検討することが、悪感情抜け出しへと決定的重要になるものが少なくありません。たとえば「人の目」にしての動揺であれば、「自己の重心」がまず足元ぶれのなさ確認となり、「心の依存から自立への転換」が、動揺から抜け出すための決定的心のギヤチェンジになる、というように。
従って、心の基盤についての学びは、上記の価値観への取り組みと同様、日常からの学び自己問いかけ取り組みが、「実践」準ずるものとして重要になります。

心の病み傾向は、悪感情を激しく増幅し、心がそれに呑み込まれてしまうという問題引き起こしがちです。
その問題本質克服への、正しい理解重要になるでしょう。ハイブリッド心理学からはそれは、特別病気のようなものではなく、ガソリンである「感情」「心の荒廃」という不純物混ざること、そして「空想と現実の逆転」という、車輪地面にうまく接地しなくなる問題によって、あらぬ方向へと動いてしまうという問題だと理解できます。
そしてその問題だけを単独に取り上げて治すというのではなく、その注意しながら、心の健康と成長への取り組み歩み全体、つまりここで言う適切運転前進歩みが、自己浄化自己治癒働きとなって克服向かう、というのがハイブリッド心理学考えになります。これについては、
 歩み1-2 心を病む仕組みとその克服
で説明します。

3.「心の成熟」への人生の歩み
悪感情克服最終的には、人生旅路がどのような向かい至るかに、大い左右されるように思われます。
つまり迷路難路に満ち、寒風吹きすさんで「不幸」感じやすい「未熟」から、迷路難路がなくなり温暖爽快のそよぎの中で「幸福」満たされ得る「成熟」へと、いかに向かい至るかです。
これはつまり、目の前迷路難路のその都度抜け出し方の中に、さらに特定の、「心の成熟」へと自ら方向づけ進むハンドルさばきアクセルブレーキワークがある、ということです。
ハイブリッド心理学からのその答えとは、「魂の望み」感情へと向かい続ける、というものです。それを積み重ねることで、自ずと、「未熟な愛から旅立ち、自立の自尊心を経て、成熟の愛へと向かう」という「命の生涯」変遷をたどる、というものとして。それは同時「自発的幸福」増大していく変遷であり、やがては、外部から満たされることがなくとも、内部から幸福感湧き続けるようになる、超越的な心の幸福境地にも至り得る、というものとしてです。

ここに、上述のような、目の前の問題への対処とする実践の学び大きな領域と並んで、
 歩み-3 「魂の感情」
とした歩みの学び大きな領域展開するものになります。
また、そうした「心の成熟」への歩み大きな通過道標に位置づけられるのが、「実践の学び」最終項目でありハイブリッド心理学「取り組み実践」「ひとまずの習得達成目標」にも位置づけられる、
 実践-6 「否定価値の放棄」の根本的選択
です。上記「命の生涯」レベルにおける変遷で、真の強さ実際獲得する「自立の自尊心」足場に、「自分が神になろうとする」という深層衝動誤りに気づき捨て去る一種「悟り」のようなものに位置づけられ、それによっては、寒風吹きすさぶ「未熟」から、温暖爽やか「成熟」へと、大きくその局面切り替わるような通過節目に位置づけられます。成長への歩みはそこから、上述のような「超越的な幸福」への歩み得るものになる、というものです。

・ハイブリッド心理学が考える悪感情の克服の真の姿
このように、ハイブリッド心理学が考える悪感情克服は、目の前問題外面行動および内面感情2面において切り抜けるという横の軸と、「心の成熟」への人生旅路むという縦の軸、そしてその両軸底面で支える、心の基盤「価値観」根本姿勢および「病み」傾向克服への取り組みという、極めて幅広く遠大取り組みとしてあるものです。に時に出される「これで一瞬で悪感情は消える」謳うような、安直な話とはまさに対極のようなものとして。

悪感情克服としてまず何よりも大切なのは、それが起きる原因となった外面状況への対処方法をしっかりと学び、まず外面の現実的問題についてはしっかりと対処解決できることです。それなしに、外面問題放置したまま、「気持ちの持ちよう」「心の持ちよう」さらには「気にしない」ことをもって悪感情消そうとするのは、生活基盤を狭めた上に、心に枠はめをして心の活力を失うという、生きること全体の低下とも言える方向向かってしまいますので注意必要です。
に、悪感情が、どのような心の姿勢心の動き起きるものであるのか、そしてそれがどのように根本克服されるのかの、流れ理解がとても大切です。

それは一言で次のようにまとめられるでしょう。まず価値観が、生き方姿勢方向づけます。一方で、誰もが宿命となる「心の浅はかさ」と、程度に応じて「心の病み」へもしばしばつながる、「根深い自己否定感情」という心の問題抱えながら、「未熟」からその人生生き始めます。
そこで起きることとは、日々生活人生課題に際して、自ら幸福へと向かわせるための知恵不足と、家庭学校で得てして植えつけられる、あるいは「未熟」生み出す偏った価値観で、外面においては問題うまく対処できない、そして内面においては「自分を見失う」という状態へとしばしば陥る、というものです。
そうして、私たちが人生生き方において、さまざま偏り見失いをしている結果が、私たちが日々体験する悪感情感情動揺として、表れるのです。
ここに、私たちが日々抱える悪感情が、断片的、短絡的なアプローチではなかなか根本克服できないゆえんがあります。
それは外面行動法学び内面における生き方姿勢価値観への向き合い、そして自分自身深い理解を通して、来歴において見失った自分取り戻しも経ながら、日々生活人生課題に際して、自らを成長と幸福に向かわせるための選択成していくこと、さらにはその歳月積み重ねに生み出す、「未熟」から「成熟」への変化なども経ながら、根本的に克服解消されるものなのです。
私たちが日々出会う悪感情感情動揺一つ一つが、そのための、良いきっかけと、成長飛躍への、良い足場になってくれるでしょう。

そうした向き合いで、悪感情は、それを消そうとする意識ではなく、むしろとも言える、悪感情にある何らか自己の真実見つめ、それを受け入れる姿勢で、見出された自己の真実に対して、自分が成すべき姿勢と行動を模索し、それが見出される確信と前進感によって、悪感情は、それ自体をどうなだめ鎮めよう躍起になることなく、根底から吹き飛ばされ消えていく。
そのようなものになるのが、悪感情克服解消真の姿になるのだ、と理解しておくと良いでしょう。

以下では、そうした真の克服のための、上述のような幅広く遠大取り組みに向け、悪感情種類ごとのガイダンスになるものを簡潔にまとめます。


悪感情の種類ごとの克服対処の指針 
心の成長観点から分類し、それぞれについてまず一言でまとめられる指針を記し、各ページにてより詳しく説明します。
分類 悪感情の種類 克服対処の指針
成長への継続的取り組み主課題となるもの 怒り 「怒り」こそが、私たちが人生根本的な捨て去りへの取り組みをしたい、本尊悪感情だと言えます。怒ることが正しい、怒ることが力になるという観念によって、自らの人生を積極的に破壊し、不幸なものにしていくからです。
怒り有害性理解し、外面においては怒りを用いない行動法学び習熟するに、否定価値の放棄によって怒り根本的に捨て去るのが、ハイブリッド心理学取り組み実践大きな柱になります。
悲しみ 「悲しみ」は必ずしも悪感情ではありません心の成長歩みで、それを「魂の感情」として自分自身受けとめることができた時、に、「自分から愛することができる」、そして「自発的幸福の増大」という豊かさ一歩増大する、心の豊かさへの導き感情だと言えます。
そうして「豊かさ」へと変化する訪れるまで、悲しみ向き合い続ける姿勢がとても大切です。
怖れ
(恐怖・不安・
緊張・パニック)
「怖れ」も私たちの動揺主因となるものであり、成長豊かさへの歩み根絶目指したい悪感情です。
まず外面において正しく「安全」築き、それでも内面において残る恐怖「生きた」時、その怖れ人生でもう起きないものへと、根底から消えていく、というのが基本指針になります。
焦り ほとんど悪感情が、安直短期的解消ではなく多少とも時間をかける向き合い必要とするのに対して、「焦り」が唯一、意識法テクニックにより即効的解消可能悪感情であり、またそれが望ましいものでもあります。
ものごと焦りでは行わないのが基本です。「最低ラインを決め、あとは思い切って捨てる」というのが基本になります。
抑うつ 自分受けとめることのできない喪失と、それに関連する自己叱責が、「抑うつ」構成要素と言えるでしょう。
短絡的解消法よりも、まず心の成長全体向かうこと、そのに、抑うつの中で自分が感じていることをていねい自己分析し、そのに、受けとめることのできる悲しみ、そして出来事への自己叱責超えた受け入れ目線見出した時、抑うつ感情根本的消える、と言えます。
空虚感・
孤独感
「空虚感」「孤独感」は、「命の重み」において「生きる」こと、そして「愛」見失っていることを、「魂」が感じ取り「心」流す、むしろ健康反応だいうのがハイブリッド心理学の考えです。それを打ち消せるような、刹那的表面的でより刺激の強いものへの衝動心を明け渡すことで、人生そのものを見失っていってしまうのだ、と。
「空虚感」「孤独感」「ある」のであれば、最後までそれを見つめ、向き合い続けることがとても大切です。それがどのよう生まれ、そして最終的解決するのかは、私たち人間宿命であり人生歩みそのものだと言えます。これを人生の歩みと最終的克服で説明します。
無気力 まずは何よりも、「やる気の勢い」頼らず行動する姿勢築くことが第一です。それに頼る姿勢に、やる気勢い足りないと、一気前進力消えてしまうのが「無気力」症状だからです。
自分「やる気」引き出す思考法というのも多少はあるとして、より重要なのは、自分成長前進方向感じ取りそれに向かうこと、さらにその「これが自分の人生だ」と確信を持てるものを見出すことが、「無気力」とは無縁心の状態生み出します。
後悔 「もう忘れましょう」というありがちアドバイスとは真逆とも言えるものが、ハイブリッド心理学からの指針になります。
つまり後悔感情が少しでもあるのであれば、とことんその悔いの感情と共に生きるのです。それがその後悔超える成長へと導く唯一の道です。これがどういうことかは、まずは決して後悔をしないための決断によって行動する姿勢で生きるに、やがて見えてくるでしょう。
成長への節目として時に乗り越えるべきもの 絶望
(失意)
「絶望」多くケースにおいて、「問題の深刻」ではなく「解決の無知」示すもの、また自らあおる自棄衝動表れです。それは「心の依存」姿勢でとても顕著になりがちです。まずは自らに進む成長へのノウハウながら、「心の自立」姿勢て、「成長」を目指すことにおいて脱したいものです。
その上で、「絶望」外面的もしくは内面的出会い、それを「ただ流す」体験で、今まで未熟病みも含んだ死に一歩成長健康さも増大した新たな心「再生」する、成長歩みで極めて意義の大きい節目になり得ることを、知っておくと良いでしょう。
葛藤 自分の存在のあり方にかかわる、相容れない選択肢に、どれを選ぶことも捨てることもできず「心が引き裂かれる」という状態「葛藤」です。
これも「絶望」と同じく、成長への姿勢ノウハウ不足している時に陥りやすいものです。葛藤苦しさから逃れようとする行動選択肢紛れ込む注意しながら、自分成長観点からていねい選択肢整理することで、自ず選択すべきもの見えてくるでしょう。
苦しみ・痛み 多く悪感情感情動揺「心の痛み」伴い、それを解決できないまま自分受けとめられないという「苦しみ」引き起こします。それらを感じまい心を麻痺させ、押しやることで、自らの心の深みを見失うと同時にコントロールを失うという、「心の病み」土壌生まれてしまいます。
「悪感情への耐性」というものも心がけ、ここでまとめているような向き合い対処をするで、「痛みをただ痛む」という姿勢が、悪感情一因ともなった自ら邪心心の底から捨てさせ、より清らかで健康な心へと変化するためにとても大切です。
「成長」を目指すことにおいて捨て去りたいもの 憎しみ 「憎しみ」とは、「自分に苦しみと不幸を押しつけ続ける相手への破壊衝動」だと言えるでしょう。しかし時にこれは、社会自分の幸福のために尽くすべきだと感じる未熟衝動、また自己嫌悪自己不信から自分向けられるものと映し出して感じる「投影」「外化」といった心の病みメカニズム生み出すものです。そしてこれらのさらに背景には、「自分では幸福に向かうことができない」という深い無力感があるように思われます。
自ら幸福に向かう、自ら自分を救うという基本姿勢得るに、自分心の暗闇経緯への深い理解の中で、そのにあった純粋な「望み」自分自身で受けとめることができた時、「憎しみ」「悲しみ」へと変化し、新たな人生へのが示されるでしょう。ここに「病んだ心から健康な心への道」主題があると言えます。
屈辱 「屈辱」かなり無駄な心理だと言えます。なぜならそれは、「自分を高める」ではなく「相手を潰す」ことで得る刹那的プライド駆られるという、「成長」向くことのない姿勢で、その軽蔑攻撃衝動相手投影した上でそれに屈した感じた時激しい悔しさ感情であり、「一人負け相撲」とも言える心理だからです。
もちろんこれはしばしば未熟な者同士で、ただの投影ではない軽蔑攻撃合戦の中で起きるものですが、そんなところ「勝つ」よりも、「自分を高める」という成長のために、その場から静かに身を離すことこそが「勝ち」なのです。
嫉妬 「嫉妬」「羨ましい」というごく自然健康感情が、フラストレーション「屈辱」帯びたものに変形した悪感情だと言えるでしょう。
注目したいのはこれが、自分で望む願望の感情を意識の表面では否定しようとしていたのが失敗させられる屈辱として起きる、ということです。ここに答えがあります。つまり屈辱土台となる刹那的プライド衝動脱却するとに、自分から抱くありのままの願望の感情に、向き合うことです。そこにある心の痛み自分受けとめることができた時、「嫉妬」純粋「憧れ」感情へと変化し、は一歩清らかで健康なものへと変化します。それは「救い」とも言える変化になるでしょう。
「恥ずかしい」という「恥」感情は、自分弱点欠点「程度の低さ」人の目晒された時の、ごく自然健康感情と言えます。
しかしそれは、「今を原点とした成長」への意志によって、比較的容易吹き消せるものと感じます。従って、ごくハプニング的場面体験するごく一過的「恥」感情はいいとして、「恥への恐怖」といったものが強い感情動揺内容になる場合は、成長への基本姿勢不足がまずは課題として考えられます。「成長を目指す心に「恥」は不要」という言葉入れ動揺場面について実際恥をかかずに済むような行動法の知恵を学び、成長への姿勢全体への取り組みつなげると良いでしょう。
罪悪感 「罪悪感」感じるものには、人の期待に応えられない自分の自己理想を損なう、そして他に害を与えたという、主に3つがあると言えるでしょう。
しかし「成長」への歩み立つならば、前二者「罪悪感」感じるのは不適切であり、それらは、自らの目標と「愛される望み」への向き合い、そしてありのままの自分を受け入れての前進という、心のテーマへと変化します。また他に実際に害を与えた時「罪悪感」合理的とは言えますが、それもやはり、償いと補いのための最善の行動への意志へと置き換わります。
そのように、「罪悪感」は、「成長」への歩み別れを告げるべき感情だと言えます。
劣等感・優越感
「問題の捉え方」への取り組みから始めたいもの 自己嫌悪 「こんな自分なんて嫌いだ」という「自己嫌悪」は、往々にして、自らを軽蔑することで得る刹那的プライド、もしくは甘美な嘆きへの耽溺であり、真の向上心とは全く別のものであるのを、まずは理解すると良いでしょう。
真の自己成長と向上望むのであれば、まずは心の成長歩み全体学び、その実践向かう中で、自分が一体何を自分の短所欠点と感じているのか真摯向き合い心の成長観点からその一つ一つていねい取り組むことが大切です。外面能力的問題内面性格的問題、それらの向上へのノウハウ向き合うことでに起きる変化など、全て答えがあります。
対人恐怖 「対人恐怖(症)」と呼ばれる心の状態とは、対人場面での動揺怖れそのものではなく、「動揺なしに人に接することができる自分」という自己理想像に固執しての、動揺する自分への自己処罰感情が生み出す動揺や怖れの膨張指すものと言えます。
対人動揺「症状」捉えているところに、真の克服へのないと考えます。これもやはり心の成長全体について学び、対人場面内容に応じた行動法や、その支えとなる価値観取り組み自分がどのように考え感じているのかにていねい向き合いながら、成長への歩み全体克服向かう、という方向性理解すると良いでしょう。
うつ症・躁うつ症 「うつ(症)」「躁うつ(症)」と呼ばれるものもやはり、気分浮き沈み激しさそのものよりも、「いつも元気な自分」といった自己理想像を基準にした自己叱責と自己礼賛が生み出す気分の浮き沈みによって、気分浮き沈みぐるぐる状態膨張して自己コントロール不能に陥った状態、という視点からの理解が役に立ちます。
「無気力」について述べた指針皮切りとした、大きな取り組み向かうと良いでしょう。つまり「やる気のある自分」といった自己理想基準から自分に見入るのではなく、仕事結婚といった人生の目標の計画の立て方と向かい方のノウハウ一から学び直し、実践していく取り組みです。それは人生の歩みそのものであり、そこにおける前進そのものが、安定させ、より豊かなものにしていきます、。


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