島野の心理構造理論

2 感情と人格の成り立ち
2.3 心の病の心理構造
 2.3.2 歪んだ人格構造モデル


 心理障害を生み出す人格構造として、このサイトが考えるモデルを下の図に示します。
 これを「歪んだ人格構造モデル」と呼びたいと思います。
 この状態にある人格構造を「心理症状型人格構造」と呼びたいと思います。

 つまり人格の構造が異なる、別の要素が加わっている、ということになります。
 「あなたの本来の人格が病んでいるのではない。別のものがある。」と言えます。
 この結果、心理障害の治療原理そのものは非常に単純であり、
 その病んだ要素を切り分けて除去することになります。



 基本人格構造との違いは以下のようなものです。

(1)感情ルール

 その人本来の人格が持つ感情ルールはほとんど覆い隠され、歪んだ感情ルールが前面に現れています。
 幾つかの感情ルールが分断されたまま混在し、それらは相互に矛盾を起こし、時に葛藤を生み出します。

 前面に現れた歪んだ感情ルールの最も基本的な特徴は、強制的に特定の感情へと駆り立てることです。
 これを強迫性といいます。
 なぜ強迫的なものになるのかを一言でいうと、不安や恐怖が背景にあるからです。
 別の視点で見ると、感情ルールが肥大化して意識領域にまではみ出した状態と言えます。
 つまり、外界対象は特定の感情の象徴として強制的に意味付けされ、現実と空想の境が不明瞭です。
 このような状態を「意識狭窄」といい、しばしば本人が「もやがかかった状態」と表現します。
 これが重度になり、現実感が喪失した状態が、離人症です。

 歪んだ感情ルールには共通のパターンがあるため、識別して除去する方向性が開かれます。
 この詳細は「心理障害の感情メカニズム」で説明します。

(2)感情の膿

 強迫的な感情ルールの背景にあるのが、感情の膿です。
 育成過程からの有害感情が未消化のまま残存するもので、小さい時に酷く叱責された時の恐怖感や怒り、表面的な愛情を押し付けられた時の嫌悪感、過去の自分の行為に関する罪悪感など、多様なものがあります。
 どれも不安や恐怖の色彩を持ち、感情ルールの強迫性を生み出すものです。

 感情は本来記憶蓄積されるものではありません。
 しかし心理障害にある人はほぼ全て、過去の育成過程での体験を引きずるような形で、
 有害な感情を「思い出し」続けます。
 現在の外界状況にかかわらず、有害な感情が生まれ続けているのです。
 このような現象を、本書では「感情の膿」と呼びます。これは心理障害に特有の現象です。

 なぜ有害感情が時の経過で薄れず、永続化してしまったのか。
 それは、感情の膿を背景にして、それを永続化するような歪んだ心性が発動したためです。


(3)自己操縦心性

 自己操縦心性の定義は、「育成過程から生じた自己不具合を一挙に解決するような自己理想化像を描き、それと現実とを重ね合わせ、ぴったり一致するよう自己を操縦しようとする態度。しかもそれが根本的な自己否認の上で動くもの。」です。

 自己操縦心性には、次の4つの基本特性があります。

 1)自己理想化像
 不具合が存在しないかのような自分の姿を空想し、その通りになろうとします。
 現実の自己に立脚した上での自己理想ではないため、内容としては何でもありです。
 往々にして、幾つかの矛盾する自己理想像が分断したまま、切り替えられます。

 2)自己否認と重ね合わせ思考
 自己理想化像は現実の自己を向上させるための基準ではなく、
 それと重ね合わせ、ぴったり合うかどうか比較し、容赦ない判定を行う基準です。
 「現実の自己」は、そのままでは頼りないものとして否認され、代わりに空想で描いた自己像の方があるべき自己の主体なります。
 現実の自己は否認したため、描いた自己像の通りに自己を操縦し、ぴったり合わせることで何でも可能になるという幻想感が生じます。
 このやりかたで人生を生きようとしているため、ものごとを基準に合わせて決め付ける、白黒をつける、完璧さを求めるというのが基本的思考傾向になります。

 3)感情の膿の固定と改悪
 人は一度嘘をつき始めると、そのほころびを埋めるために新たな嘘を必要とするようになるものです。
 その繰り返しの中で、やがて最初の嘘が何であったのかも分らなくなり、やがて破綻に向かいます。
 自己操縦心性はまさにこの通りの動きをします。
 この結果、感情の膿は素直に解消されることから阻まれ、自己操縦心性がもらたす不安定な感情とがんじがらめに結合し、容易にはほどくことのできない入り組んだ自己循環の様相を示すようになります。

 4)人格土台での駆動と現実覚醒レベルの低下
 自己操縦心性は、日常生活の中でどう行動しどう生きようか考える意識の表層ではなく、
 思考や感情の土台そのもので働きます。
 このため意識的努力でこれを変えることはできず、自分を変えようとする思考もしばしば自己操縦心性の罠の中で動きます。
 現実認識の清明な意識表層でなく、感情生理のレベルで動くもののため、現実覚醒レベルが低下した心性とも言えます。

 心理症状型人格構造の治療
 治療原理そのものは非常に単純で、感情の膿と自己操縦心性の除去です。
 しかしこれを直接行える魔法のメスはありません。

 感情の膿は、それを実感として体験した際に、やはり実感としてそれが現在の自分にとりもはや不要であることを実感することで、その実感の度合いの強さに応じて、除去されます。
 自己操縦心性も、やはり実感としてその生き方が無駄であることを感じることで弱化されますが、育成過程の不安から生み出された「唯一の生き方」であるため、その除去に際しては激しい抵抗や感情の動揺が生じます。

 これらの過程を我流の努力を行うことは無理です。
 それを助けるために各種の心理療法が検討されてきた歴史があり、「ハイブリッド心理療法」とは以降でこのサイトでの考え方を説明していきます。

(4)自己成長力(真の自己)

 心理症状型人格構造においては、人間が本来持った自己成長力が阻害され、圧迫され機能しない状態にあります。
 その状態はしばしば、抑うつ、漠然とした悲しみ、空虚感という3つの心理障害における基本感情として知覚されます。
 それぞれ自己成長力が押さえ込まれていること、楽しみや愛を喪失していること、真の自己の感情全体が希薄であることの直接感覚であり、心理学的にはむしろ正常反応であると考えられます。

 感情の膿と自己操縦心性の除去は、どちらも意識の表面では「悪いものを取り去る」という感覚ではなく、
 逆にそれらをごまかしなしに味わう、非常に辛い体験になります。
 本来の自己成長力も、人為的に切り出して伸ばすという方法はできません。
 私たちの健康な身体機能同様、阻害要因が除去されたあと自然発現するのを待つしかできません。

 自己成長力は、焼け野原に芽生える草のように、誰も知ることなく力を湧きあがらせます。
 それは頭で考えたものでもないし、それが生まれる条件として何かを必要するものでもありません。
 「何故生きるのか」に答えが出る時、その問いそのものが存在しません。

 このような治癒の姿をわきまえた上で、難しい自己取り組みに挑むことが必要です。 


2002.11.23 inserted by FC2 system