心理障害の感情メカニズム
  1 一次心理過程
  2 二次心理過程
  3 最終的な帰結

はじめに

 ここでは様々な心理障害の背景にある、人格発達とその中での感情のメカニズムを、詳細かつ簡潔に説明します。
 内容はカレン・ホーナイの精神分析理論参考図書参照)を基盤として、私自身の体験的観察を加えて整理したものです。
 ハイブリッド療法においては、この感情メカニズムの学習を、感情分析を進めるために行ないます。
 精神分析を勉強するのが目的でなく、一人一人の心理障害を、そして感情の問題を克服するのが目的です。

 そのためには次の2つが重要です。

1)感情吟味のために

 感情分析は、自分の感情をありのままに味わい、その真意を知る、「感情吟味」の作業で進めます。

 自分でも何なのか良く分からない感情を、ここで説明されたような意味の感情であるのかと、積極的に、多少試行錯誤的にでも、自分に問い、感じ入ってみる、何度もそれを反芻する、という作業です。
 (参考:「感情分析」技法による人格改善治療 5.実践の方法 5.2 感情分析の実践

 もちろん、怒りや憎悪、自己嫌悪や自己破壊衝動など有害度の大きい感情は、繰り返しそれに「流される」のは全く無用です。
 むしろその感情の非現実性や非建設性を実感する方向で感じ取って下さい。
 詳しくは中で説明しますが、ひとことで言えば、「高みから踏みつける」感覚があるだけで、現実的でないし、現実にそれがあなたを育てることはない感情だということです。

 ここで述べられる感情を、まとめて「心理障害感情」と呼ぶことにしましょう。

 心理障害感情の基本的な特徴は、明瞭な思考が動く前に、生理的感情として起きることです。
 このため人はこの感情の真意を感じる前に、連鎖的に感情に流されたり、もしくは自分の頭で誤った思考付けをして、自分を見失いがちなのです。

 しばしば、言葉で表現するよりも、擬態的な表現の方が分かりやすいでしょう。
 たとえば、「抑うつ感」とは「頭から地面に押し付けられている」感覚とか「自分自身の中に固く閉じ込められた」感覚とかです。
 ホーナイ理論独特の感情に「自己縮小」というのがあります。これは「怯えて身を縮こませる」感情です。

 これから述べる心理障害感情は全て、そのように言葉がないような生理的感情として、どんな要素があるのかをできるだけ正確に切り分けるためのものです。
 やがてその感情を、意識的に明瞭に取り出すためにです。
 決して実体のない仮説概念などではないということです。

 この実に多様な障害感情の中で、実際にどれが意識化できればいいかというと、ホーナイの言葉によると「全て」です。
 私もそう考えています。ここで説明する感情の全てが、私自身が体験した、もしくはその芽を十分に自分の中に見てとったものです。
 というか、「実際に知っている」範囲で書いているわけです。

 これらの感情が意識化される過程は、「無意識を知る」ことです。
 無意識を知るのがどのようなことかは、「感情分析」技法による人格改善治療4.無意識を知るとはに説明しました。

2)自己建設姿勢の中での根本治癒のために

 ここでは心理障害の感情メカニズムだけが書かれており、治癒のメカニズムについてはここでは記述していません。
 それについては、「感情分析」技法による人格改善治療3.感情分析による心理障害の治癒原理および6.感情分析の進行過程を参照下さい。

 そこで、上記のように意識化された障害感情が克服されるかどうかの分水嶺は、「うまく意識化できたか」どうかではなく、その人の生き方として自己建設型の姿勢がいかに身についているかによると考えています。

 ここで描写される感情メカニズムを貫く生き方とは、「自己建設型」の生き方へで説明する生き方の対極にあります。
 それは自己を欺き、現実を軽視し、ひとりよがりの基準の中での勝利を自らに課し、やがて自滅を運命付けられている生き方です。

 自己建設型の前向きな姿勢の中で、この2つの姿勢の両極を感じ取り、この感情の不合理さを痛みと共に味わう時、人格の根底でそれは弱化放棄の動きに向かっているのです。

現実覚醒レベルの低下について

 上の2つの要点を通して、知っておくべき重要な特徴があります。

 これらの感情メカニズムは、基本的に「現実覚醒レベル」が低下した状態で起きることです。
 つまり一種の半夢状態で動くものであって、明晰な現実理性と同じ土俵で動くものではありません
 これが「自己操縦心性」の基本的特徴であり、これが優勢になる、つまり心理障害が重度である程、「現実感の喪失」や「意識狭窄」といった症状が現われるものです。
 (参考:島野の心理構造理論2.3.2 歪んだ人格構造モデル

 このため、理性でいくらその感情をいくら不合理だと考えようとしても、おかまいなしにそれは意識の根底で動きます。
 人に「そんな事気にしないでも、あなたにはこんな良い面がある」とか言われてもあまり意味がないのはこのためです。
 頭で考えてそれを「正す」のは無駄というのはこのためです。

 この「現実覚醒レベルの低下」は、島野独自の考えです。
 これによって、心理障害感情の執拗さもすっきりと説明できます。
 またハイブリッド療法のように、理性と感情へ別のアプローチをして、意識の根底に対してじわじわと間接的に働きかけるような療法も、その考えから導き出されるものです。

 人が心理障害になっていく過程では、この半夢状態で動く障害感情に、むしろそれが正しいものであるかのような思考付けをしています。
 感情に流される以上に、それが世界を支配する哲学であるかのように思い込んでしまうのです。

 根本的な治癒が達成された後でも、多少これらの心性の塊や断片は残るものです。
 安定した心を土台に、やはり自己分析によってこれに取り組みます。
 より健康になったからと言って、意識的にそれを「正す」のではやはりありません。
 障害感情を意識化しますが、もはや心の動揺はなく、小さなテレビ画面に流れる映像でも見るかのように、それは動いて消えていきます。
 深刻な時に出会ったのと、全く同じようなパターンで。

 その時、自分の本来の心が悪化したのではなく、別物があったことを、ありありと知ることができます。


2003.10.4
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