・人生成功術 (「プラス思考」と「行動学」と「価値観」)、そして ・精神世界 (「魂の世界」) 「自らによって幸福になる能力の増大」である「心の成長」。 「心の病み」の傾向の克服である「心の治癒」。 「愛」と「幸福感」が、外部から何かを与えられる必要なく自分自身の内部からより大きく湧くようになっていく「心の豊かさ」。 それらは、小手先の「心の持ちよう」「考えよう」によって心の中に演じてみるような脆いものではなく、「依存の愛から旅立ち、自立の自尊心を経て、成熟の愛に向かう」という「成長の変遷」を通して、決して後戻りすることのない堅固で大きな心の変化として、私たち自身の、「命」が生み出すものとしてあります。 私たちの「命」が持つ、そうした「心の成長力」「心の治癒力」を最大限に引き出すための実践と、それを携えて生きる人生の歩みを、ハイブリッド人生心理学は探求します。 その主な内容とは、以下のようなものです。
・次に、そこでやはり出会う壁によって妨げられてもなお「望み」に向き合った時に現れる「魂の感情」が、私たちの心をより清らかで安定し、「愛」と「幸福感」がより自分自身の内部から湧くものへと変化させる内面的な豊かさという、「魂の世界」における豊かさへ。
そこにおいて自分の進む先を見やる、大きな視野を持つことが、何よりも大切になるでしょう。 ・心の闇と病み 「根深い自己否定感情」や「孤独感」そして「外界への恐怖と不信」といった、心の闇と病みの種が心に植えつけられるのが幼少期です。その深刻さの度合いが強い場合、心の病みの傾向が思春期に表面化します。 心の病みの傾向から抜け出し、心の成長の歩みのスタートラインに立つための原動力になります。 「未熟(依存)の愛から旅立つ」という、青年期の節目に対応します。 「ものごとを否定できることに、自分が神の座の高みにあると感じられるような価値を抱こうとする無意識深層衝動」という、ハイブリッド人生心理学が「心の業」の根核と考えるものを、自己分析の先に自覚し捨て去ります。これによって心のエネルギーが完全に開放されます。 これは社会を生きる上でのさまざまな学びと体験を積み重ねることで「社会を生きる自信」そして「真の強さ」を体得した上でこそ、それを真の悟りのように得ることができるものです。「命の生涯」における「自立の自尊心」に対応するものであり、壮年期の節目に対応します。 「自分というものは、大きな命のつながりの中の、ほんの仮りの姿にすぎない」と、心底から感じ取る節目です。これによって、自分が生きること、そしてやがて死ぬことへの「心の惑いなさ」は、ゴールの域に到達すると言えるでしょう。 これが心底からの悟りのように自覚される一つのあり方とは、本当に愛するものに向かう際の「魂の怖れ」が、「命のつながり」によって救われる、という自覚を通してです。これは「成熟の愛に向かう」という「命の生涯」の終盤局面に対応するものであり、壮年期も半ば頃からに対応するものになるでしょう。 やがてその先に、「心の豊かさ」のゴールの領域も視野に入ることが可能になります。 ハイブリッド人生心理学が考えるそれは、「超越的幸福」と呼ぶものであり、外部から何かを特別に与えられることなく幸福感が「出っぱなし」「流れっぱなし」になるような心の境地です。「最高の幸福」とは、言うまでもなくこれを指すものではないかとハイブリッド人生心理学は考えます。 これが視野に入ってくるのは、壮年期も終盤、老年期も近づくような時期以降になることが考えられます。こうした「超越的幸福」の中で、晩年までの残りの長い歳月を生きることができるのであれば、実はそれこそが、私たち人間にとっての本当の至福ではないかと思います。
そこで悩み惑いを根本克服し、「豊かさ」が増大していく原理は、とてもシンプルに思われます。
純粋な姿における「望み」は、「愛」という単一のテーマの下にあり、その変遷の全てが尽くされた時、「愛」というテーマそのものが卒業にも近づくような形で、「超越的幸福」が現れるのではないかと考えられます。 ところが人間は、「自意識」の出現によって「心」が「命」からはがれた薄っぺらいものになったという宿命によって、「望み」が歪みを帯びたり、全力を尽くすことをやめてしまったり、未熟や依存にしがみつく思考を持つ結果、この「命の生涯」からそれてしまうことで、さまざまな心の問題を抱えるという由来があります。 「感情と行動の分離」に始まる実践によって、「2つの世界」における豊かさへと向かうハイブリッド人生心理学の歩みとは、「命」そのものが生み出すことのできる心の成長と治癒と豊かさのために、「命の生涯」へと回帰する取り組みに、他なりません。 |
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